マッシュルームは、本来英語で「きのこ」一般を指す語です。
和名ではツクリタケと呼びます。 |

ヨーロッパで古代ギリシャ、古代ローマの時代から馬厩肥などに自然発生したマッシュルームを採取していましたが、17世紀頃にフランスやイギリスでメロンを栽培するために使われた、廃温床の熱源厩肥にハラタケ類が発生するのが注目され、廃温床に家畜の糞や敷き藁を被せて、さらなる発生を促すようにしたのが、マッシュルームの人工栽培の最初の試みです。
次に、畑に新しい厩肥を盛り上げ、菌糸の蔓廷した前回の栽培時の厩肥をそこに移植して士を被せる「畝床法」が行われるようになりました。

やがて18世紀になると、この畝床の上に小屋掛けしたり、温室内に畝床を作ったりする屋内栽培に移行していきました。
フランスではパリ郊外の鍾乳洞の中に畝床を作る大規模栽培が行われるようになりました。このためマッシュルームはフランス語でシャンピニオン・ド・パリ Champignon de Paris(パリきのこ)と呼ぼれています。

19世紀初頭になると、マッシュルームの栽培技術がフランスから西ヨーロッパ諸国に、さらにはアメリカ合衆同にも伝播し、イギリスでは取り扱いに便利なレンガ状種菌(堆厩肥と土を混合し、ここにマッシュルームの菌糸を繁殖させたもの)が開発されました。
19世紀中ごろになると、空調が施された栽培舎内で立体的に設置した棚に載せる棚式が開発され、この棚式はアメリカで著しく発展し、19世紀末にアメリカが世界最大のマッシュルーム生産国になりました。
この頃から、公開された料学的研究の中で栽培技術の発展が図られるようになってきました。
この潮流の中から菌糸の無菌純粋培養による種菌が誕生し、雑菌による病害虫の危険の低い安定した栽培が可能になりました。
 20世紀半ばにアメリカで栽培工程全般を機械化し、工業的発展を遂げた箱式マッシュルーム栽培法は、オランダを除くヨーロッパとオーストラリアで普及しました。一方オランダは、棚式を維持した機械化で大量栽培法を発展させました。
大資本を必要とする機械化された工業的栽培法が発展した一方、小規模栽培の効率化を図ったのが、デンマークで誕生した袋式の栽培法で、1970年代にヨーロッパ全体に普及すると共に、イタリアで効率的な改良が施されました。
また、モータリゼーションの進展によって馬厩肥の産量の減少が起こり、様々な植物性廃棄物を原材料としたマッシュルーム栽培用堆肥の研究や、堆肥環境の微生物生態学的解明が進みました。
20世紀末から急速に進歩したバイオテクノロジーを背景にして、21世紀の今日、マッシュルーム栽培は先端産業の色合いを強く持った発展を遂げつつあります。

日本でのマッシュルーム栽培の晋及は、「きのこ栽培の父」とも呼ばれた森本彦三郎により1922年に栽培に成功し、「西洋マツタケ」の商品名による種薗販売とともに、栽培の技術指導を行いました。戦前の日本では、日本全体で約280tのマッシュルーム生産があったと言われています。
戦後、人工の堆肥を用いたマッシュルーム栽培も普及し、輸出も含め、1974年にこは生産量15,300tに達するまでの大発展を遂げましたが、台湾や大韓民国で1970年代中頃欧米向け輸出用生産が盛んになると、日本での栽培は衰退しました。
今日では、国内生鮮市場向け栽培にシフトし、年間4,000t代前半程度の生産が行われています。しかしこれは生シイタケ国内生産の約30分の1の量に過ぎません。さらに欧米向けの生産も、労働力と厩肥製造コストの安い中国などに追われています。 |
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